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鏡子さんは、グルメではない── 旅行だからといって、そこにしかないものを食べたりとかはしないという。
だから、大分県発祥のファミレス「J」に車を入れた。 僕はとりあえず、中津名物・唐揚げ定食にした。 鏡子さんはミックスフライ定食だったか。 ★ 「ルートイン」にチェックイン。 部屋に荷物を置いて、ロビーに戻ると、鏡子さんは無料セルフのコーヒーを飲んでいた。 カードーキーはフロントに預けた。 もちろん、門限はない。 ★ 中津は安全な店ばかりだが、店の前にプライスリストの立て看板があるから、なお安心だ。 チャージ500円 ドリンク700円〜
オーセンテック(正統派)・バーは、一回経験すれば、どこへ行っても大丈夫だ。
「いらっしゃいませ」
どこに座る? マスターが指示してくれる。 カウンターの端は常連客の場所であることが多い──お約束はそれだけだ。
軽く挨拶したら、すぐにオーダーする。
「ベースはジン。ロングで」 「さっぱり系で?」 「そうです。よろしくお願いします」
鏡子さんは、 「封を切ったコアントローがあれば、トニックウォーターでいい具合に」 「かしこまりました」
ユニークなオーダーだが、バーテンダーが戸惑うことはない。どこまで甘口になるだろう。
乾杯は、グラスを当てない。 繊細なカクテルグラスで「カチッ」はタブーとされているから、タンブラーでも、それにならった。
ロングのカクテルは氷が入っているから、温くならない。スタイルとしてゆっくり楽しむ。
バーテンダーはプロだから、客が会話を欲しているかを感じとれるというが、 今夜は、僕のほうから話を振ってみた。
長崎から来ました、と言うと、去年の夏に私も行きました、と返してくれた。
酒場では「3S」を話題にするのはタブーだが、マスターは選挙が近かったから「政治」に触れ、鏡子さんは国東の魅力を「宗教」として語った。 あと一つの「S」に触れるほど、僕はダメダメではない。
二杯目は、「ウオッカトニック」をオーダーした。鏡子さんは何だっただろうか。ロングのスタンダードだったとは思うが。
最近、バーでのタブーが一つ増えた、と鏡子さんが言った。 ネットの記事に、「珍しい酒壜があっても、無断で写真を撮らない、触らない」という項目があるという。
珍しい壜ねぇ・・・・・・哺乳瓶入りの酒があったなぁ。 僕の言葉に、マスターは上品に笑った。 ★ もう一杯飲みたい、というところで「チェックお願いします」というのがスマートだ。
さっと立ち上がる。 たいした距離ではないが、女性をエスコートしてしっかり歩けることをさりげなく示した。
「では、また」 「おやすみなさい」 高架駅である中津駅を、下り電車が発車するところだった。
大都会北九州市を発つ電車の終電は遅いのだ。
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