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・ 国東は、分け行っていくところだ。 山へ、里へ、暮らしの中へ。
しかし、天念寺はまだ近いうちだ。 坂もそんなにきつくない。
車は「鬼会(おにえ)の里」の駐車場に置かれた。
天念寺は無住だ。 そのせいか本堂という感じがしない。
本尊が売られた(資金化)されたことがあるという。 異例の寺だ。
自動テープの音声案内が流れ出したが、 鏡子さんは聞いていない。
有名な川中不動も一瞥しただけで、修正鬼会(しゅじょうおにえ)が催される講堂に上がった。
鬼会は正月の行事で、半島のあちこちでやっていたが、現在では、ここ天念寺と岩戸寺だけに残っているというしかない。
このがらんとした講堂は、奥と左右に壁があるだけ。正面は完全にオープンである。
僕は、川中不動から無明(むみょう)橋へ視点を移した。
暴れ川が鎮まるように川の中の巨岩に彫られた不動様は、不思議なほど傷みがない。
無明橋は目もくらむほどの高さに架かるが、手摺りがない。 山伏(厳密には違うが、イメージとしてはこれでいい)だけが渡る橋だから、それでいい。
「ほんとに見るべきものが多いわ。もう、ここで旅行を終えましょうか」
鏡子さん、本気じゃないのはわかってますけどね。
「それから──鬼会は、ここで生まれた人たちだけのものよ」
鏡子さんは、がらんとした講堂から降りてきた。
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